脳神経外科手術の最前線

Vol.60

2026.02.28

特集

脳神経外科手術の最前線

2025年、岐阜大学医学部附属病院の脳神経外科に、これからの医療をリードする4つの最新鋭システムが同時に導入されました。3次元顕微鏡、3次元外視鏡と最新鋭の内視鏡、そしてニューロナビゲーションシステムです。最先端のテクノロジーと匠の技が融合することで、脳神経外科医療の安全性と教育をさらなる高みへと引き上げる、新たな挑戦が始まります。


出雲剛先生

次元の「目」がもたらす
かつてない精密さと安全性

 脳神経外科の手術は、時に1ミリに満たない血管同士を縫い合わせるような、極めて繊細な操作が求められます。これまで、術者は手術用顕微鏡を覗き込みながら、その優れた技術を駆使して、多くの命を救ってきました。
 今回導入された「3次元手術支援光学系(3次元顕微鏡システム)」は、その手術の景色を一変させます。最大の特徴は、術者が捉える視界が「立体的な3D画像」として映し出されること。従来の平面的な2D画像とは異なり、奥行きまで鮮明に把握できるため、血管の重なりや組織の前後関係を、まるで自分の手で触れているかのようなリアルな感覚で捉えることができます。
     この「立体的で高精細な視界」は、手術の確実性を高めることはもちろん、手術室の大画面モニターに映し出すことで、助手や看護師、麻酔科医など、そこにいる全スタッフが全く同じ鮮明な3D映像を見ることができます。チーム全員が同じ状況をリアルタイムで把握できることは、予期せぬ事態を防ぎ、より質の高いチーム医療を患者さんに提供することに直結するのです。

    脳外科手術をナビゲーション
    1mm未満のズレも許さない支援

     最新の「ニューロナビゲーションシステム」は、わかりやすく例えるなら、車のカーナビゲーションと同じ仕組み。手術中に「今、脳のどの場所を触っているか」をリアルタイムで正確に示してくれる装置です。手術前に撮影したMRIやCTの画像データと、実際の手術中の位置情報をコンピュータ上で統合し、画面上に3Dで表示します。
     このシステムにより、脳の深い場所に隠れた病変や、傷つけてはいけない重要な神経・血管の位置を、術者は1mm未満の精度で把握しながら手術を進めることができます。今回導入されたこの最新機種では、手術前に高度なシミュレーションを行うことも可能。あらかじめ最適なルートを確認し、リスクを徹底的に洗い出しておくことで、難易度の高い手術であってもより確実で最短のルートでのアプローチができるようになります。

 

体に優しく、負担を少なく
進化した外視鏡・内視鏡の活用

     患者さんの負担を最小限に抑える低侵襲手術においても、今回の新機器は大きな威力を発揮します。「3次元外視鏡システム」は、高性能なカメラをロボットアームで自由に動かし、最適な角度から術野を捉える装置です。これにより、従来は覗き込むこと自体難しかった角度も、鮮明な画像を得ることが可能になりました。また、鼻の中から細いカメラを入れて脳の病変に到達する内視鏡手術も、奥の奥まで明るく大きく見通せるようになりました。これらの機器を駆使することで、皮膚や骨を大きく開く必要がなくなり、傷口を小さく抑えられる場面が増えています。手術後の痛みが軽減され、回復が早まることは、患者さんにとって最大のメリットといえるでしょう。
 ▲高精度・高倍率の外視鏡システム
 当院では、年間500例を超える脳神経外科手術を行っていますが、今後はその約8割においてこれらの最新設備を活用していく予定です。ただ、どんなに機械が進化しても、手術を行うのは「人」です。この最新鋭の目が医師の手技を支え、ナビゲーションシステムが視界を明確にしてくれることで、これまで困難だった手術が可能になり、より安全に治療を終えられる可能性が広がります。私たちは、この新たな機軸を武器に、患者さんお一人おひとりに、岐阜県で受けられる最高水準の安心と安全を提供し続けていきます。


指先に宿る経験を、未来へつなぐ。地域医療を守る「次世代の匠」の育成
地域医療を守る「次世代の匠」の育成

高い技術をデジタルで可視化し
技術習得のスピードを加速させる

こうした最新鋭の機器がもたらす恩恵は、目の前の患者さんへの治療に役立てることはもちろん、大学病院の重要な使命の一つとして「優れた技術を持つ医師を育成する」ためにも大きな手助けとなります。私が若手の頃は、先輩医師の背中を見て自ら学ぶ以外にありませんでした。脳神経外科の手術はミクロの世界で行われる極めて緻密な手技を要します。そのため、術中の繊細な手元の動きを正確に共有することは難しく、かつては経験の積み重ねに頼らざるを得ない、非常に伝承が難しい領域でした。
 今回導入したシステムは、この教育のあり方を根底から変えてくれます。術者が顕微鏡を通して見ている極めて精密な立体映像を、学生や若手医師も全く同じ質感で共有できるからです。血管を縫い合わせる際の力加減や微細な組織の剥離など、言葉では伝えきれない感覚までもを視覚的に追体験することで、技術習得までの期間を飛躍的に短縮することが期待されています。
 また、ニューロナビゲーションシステムを用いた高度な手術シミュレーションは、実際の執刀前に解剖構造を深く理解する貴重な学習機会となります。最先端のテクノロジーで、こうした技術を可視化することは、次世代を担う若手を育てるためにとても有効です。

医療過疎地域のある岐阜県を
遠隔教育ネットワークで結ぶ

当院がこの教育改革に注力する背景には、岐阜県が抱える固有の課題もあります。岐阜県は、地域によって医師の偏在が顕著で、特に脳神経外科においては、医師の高齢化や、働き方改革に伴う複数の執刀医配置の必要性など、地域医療を維持するための課題が山積みです。
 この物理的な距離という壁を打ち破るのが、今回構築された情報共有システム。手術室の3D映像やシミュレーション情報を高速通信網に乗せて遠隔地へリアルタイムで配信することで、当院から約90km離れた飛騨医療圏の若手医師も、高難度手術のポイントを臨場感を持って学ぶことができます。単なる動画配信ではなく、現場の術者と遠隔地の医師が双方向にコミュニケーションを取りながら進める「インタラクティブ(相互的)な手術教育」の実現です。こうした最新鋭の機器とIT技術を駆使することで、県内どこにいても質の高い脳神経外科医療が受けられる体制づくりにつなげていきたいと考えています。


    遠隔地の若手医師を育てる 地域医療教育の新たな展開
     これまで、高難度の手術を学ぶためには大学病院などの現場に立ち会うしか手段がありませんでしたが、こうした最新機器を駆使することで、遠隔地でも術者と全く同じ3D映像を届けることができます。さらに、術者の解説を聞きながらリアルタイムで質疑応答を行う、インタラクティブな手術教育も実現します。  

 

岐阜県の医療の未来を支える
「次世代の匠」を育てる使命

 今回の設備導入は、文部科学省の「高度医療人材養成事業」として採択され、実現したものです。その目的は、高難度な脳神経外科手術を安全に提供でき、かつ地域医療に深く貢献できる、次世代の医師たちを養成することにあります。
     脳卒中や頭部外傷などの急病は、いつ、どこで発生するか予測できません。だからこそ、県内全域の医療機関に確かな技術と知識を備えた専門医を安定的に派遣し続ける必要があります。私たちは、この最先端の教育プラットフォームを最大限に活用し、医学生から専攻医、さらには地域の現役医師に至るまで、切れ目のないキャリア形成を支援していきます。最新のテクノロジーを使いこなし、地域の期待に応え得る高度な技術を備えた医師を一人でも多く育成すること。それが、岐阜大学医学部附属病院が描く、岐阜県における脳神経外科医療の未来図です。
 

お話を聞いた人・・・
岐阜大学医学部附属病院 脳神経外科
  1. 出雲 剛 先生